大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)2219号 判決

原告 浅井正

被告 国

代理人 泉良治 井元英則 石原金美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、刑事確定訴訟記録の保管者である検察官に対し、その閲覧謄写を申請して拒否された原告が、国家賠償法一条一項に基づき、国に対し、その精神的損害の賠償を求めた事件である。

一  争いのない事実等(特に断りのないものは争いのない事実である。)

1  当事者等

(一) 原告は、平成四年四月ないし同年一〇月当時、岩井正一(以下「正一」という。)を被告人とする岐阜地方裁判所平成三年(わ)第五二五号公職選挙法違反被告事件(以下「本件公判事件」という。)の弁護人であった者である。

(二) 平良格(以下「担当検察官」という。)は、平成三年四月以降、岐阜地方検察庁大垣支部検察官として、本件公判事件の捜査及び公判立会の一部(本件公判事件が岐阜地方裁判所に回付される前の岐阜地方裁判所大垣支部における公判立会)を、また平成四年四月ないし同年一〇月当時、大垣区検察庁上席検察官として、岩井りつ子(以下「りつ子」という。)を被告人とする大垣簡易裁判所平成三年い第一七三号公職選挙法違反略式命令事件(以下「本件略式命令事件」という。)の確定訴訟記録(以下「本件略式命令事件記録」という。)の保管、管理をそれぞれ行い、もって公権力の行使にあたっていた者である。

(三) 正一は、平成三年三月二九日告示、同年四月七日施行の岐阜県議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)に際し、大垣市選挙区から立候補して当選した岩井豊太郎(以下「豊太郎」という。)の父であり、りつ子は、豊太郎の妻である。

2  本件略式命令事件とその確定

りつ子は、本件選挙に際し、豊太郎に投票を得させる目的で、立候補届出前の平成三年一月二七日ころから同年三月一三日ころまでの間、大垣市内の選挙人方二九戸を戸別訪問したという公職選挙法違反被告事件(本件略式命令事件)で、平成三年六月四日、大垣簡易裁判所から略式命令を受け、右略式命令は同年六月二二日、確定した。

3  本件公判事件の推移等と本件略式命令事件記録の第一回閲覧謄写申請

(一) 正一は、本件選挙に際し、豊太郎に投票を得させる目的で、立候補届出前である平成三年二月二四日ころ、大垣市内の選挙人である遠藤雪夫(以下「遠藤」という。)に対し、豊太郎のための投票及び投票とりまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として金銭を供与したという公職選挙法違反で、平成三年五月一四日、担当検察官により、岐阜地方裁判所大垣支部に起訴された。

(二) 正一は、同年六月一九日の右被告事件第一回公判期日において、右金銭授受及びその趣旨を認め、その弁護人羽田辰男は、同年八月二三日の第二回公判期日において、検察官請求の大部分の証拠につき、証拠とすることに同意した。

(三) 正一は、同年九月一四日、羽田弁護人を解任し、原告を弁護人として選任した。

(四) 右被告事件は、同年一二月五日、岐阜地方裁判所に回付され、本件公判事件となった。

(五) 原告は、平成四年二月一四日の本件公判事件第三回公判期日において、公訴権濫用を理由とする公訴棄却の申立てをし、同年三月二七日の第四回公判期日において、正一の自白調書に任意性が欠如していると主張して、同調書を証拠とすることについての同意を撤回する旨主張した。

その際原告は、正一の自白調書に任意性が欠如していると主張する理由として、正一が、岐阜県議会議員である豊太郎に迷惑が及ぶこと、また嫁の実家に迷惑が及ぶことを恐れて、供述に際して心理的圧迫を受けていたこと等を挙げた(〈証拠略〉)。

(六) 原告は、同年四月三日、担当検察官に対し、本件略式命令事件記録の閲覧謄写を申請した(以下「第一回閲覧等申請」という。)ところ、同月一三日これを許可され、任意提出書、領置調書といった手続的事項に関する書類を除き、関係人の供述調書の全部を謄写した。

その結果原告は、本件略式命令事件記録に証拠として編綴されていた平成三年四月一一日付け杉原なほ子の警察官に対する供述調書(以下「杉原調書」という。)の写しを入手した。

(七) 平成四年四月三〇日の本件公判事件第五回公判期日から同年九月二日の第一〇回公判期日にかけて、自白調書の任意性に関し、遠藤、正一の各被告人質問、遠藤を取り調べた警察官、正一を取り調べた警察官村田一男(以下「村田」という。)の各証人尋問が実施された。

そのうち、正一の被告人質問では、正一は、原告の質問に対し、村田の取調べを受けた際、同人から、豊太郎を助けたかったらこの際全部白状しろ、と申し向けられた旨の供述をした。

また村田の証人尋問では、村田は、原告の質問に対し、要旨次のアないしウのとおりの証言をした。

ア 村田は、本件略式命令事件の捜査の際、りつ子を専属的に取り調べた警察官である。

イ 村田は、りつ子の捜査が終了するまでに、りつ子の戸別訪問先の調書に目を通したが、その段階で豊太郎に関する情報は入っていなかった。

ウ 仮に豊太郎が戸別訪問に関与していたということになると、豊太郎に任意出頭を求めて取り調べることになると思う。

(八) 正一は、同年一〇月六日、原告を訴訟代理人として、杉原調書中に、要旨次のア及びイのとおりの記載がなされていることを指摘して、右(七)イ記載の村田の証言は偽証であり、正一の被告人質問の結果と総合すれば、村田が豊太郎の戸別訪問に関する情報を取引材料にして正一の自供を引き出そうとしたと考えられ、このような取引は一切なかったという村田の証言もまた偽証である疑いが濃いと主張し、村田及び岐阜県を相手取り、国家賠償法に基づく損害賠償の訴えを提起した(〈証拠略〉)。

ア 杉原なほ子は、昭和六二年の岐阜県議会議員選挙の際、豊太郎に依頼され、同人を連れて赤花地区の家庭を戸別訪問した。

イ 本件選挙でも杉原なほ子は豊太郎と電話で話し合って戸別訪問の日を平成三年三月一日午前九時ころと決めた。

(九) 平成四年一〇月一五日の第一二回公判期日では、検察官から、杉原調書の存在を立証趣旨としてその取調べが請求されて採用され、また原告が、「正一に対して、被疑事実を認めれば豊太郎やりつ子について有利な取り計らいをするという利益誘導がなされた事実」を立証趣旨として、本件公判事件の捜査指揮を担当した警察官の証人尋問(弁護側主尋問)を行い、同年一一月一七日の第一三回公判期日において検察官の反対尋問が行われた。

4  本件略式命令事件記録の閲覧謄写不許可処分と準抗告審の判断等

(一) 原告は、第一回閲覧等申請の際に謄写し残した本件略式命令事件記録中に、本件公判事件の公訴棄却申立て及び正一の自白調書の任意性を争うために有為な証拠が残されていたのではないかと考え、平成四年一〇月一五日、担当検察官に対し、本件略式命令事件記録の未謄写部分について再度閲覧謄写を申請した(以下「本件閲覧等申請」という。)ところ、担当検察官もまた、本件略式命令事件記録の未謄写部分に任意性を争う証拠として利用され得る供述調書等が残っているものと考えた上、本件閲覧等申請を許可すれば、本件公判事件の公判に不当な影響を与えるおそれがあると判断し、同月二〇日、検察庁の事務に支障があるとの理由で、右閲覧謄写を不許可とした(以下「本件不許可処分」という。)。

(二) 原告は、本件不許可処分を不服として、平成四年一一月二〇日、大垣簡易裁判所に対し準抗告の申立てを行ったが、同裁判所は、同年一二月九日、右原告の申立てを棄却し、原告が同月一五日に最高裁判所に対して行った特別抗告の申立ても、平成五年二月五日棄却されて、右大垣簡易裁判所の決定は確定した。

二  争点

1  次の(一)ないし(三)に照らし、本件閲覧等申請は、刑事確定訴訟記録法四条一項ただし書、刑事訴訟法五三条一項ただし書にいう「検察庁の事務に支障があるとき」に該当するか否か。

(一) 「検察庁の事務に支障があるとき」の解釈として、「刑事確定訴訟記録にかかる事件と関連する他の事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合」が含まれるか否か。

(二) 本件公判事件は、本件略式命令事件と「関連する他の事件」に該当するか否か。

(三) 本件略式命令事件記録の閲覧謄写は、本件公判事件の公判に「不当な影響を及ぼすおそれ」があるか否か。

(1) 確定訴訟記録に対する閲覧請求の目的が、実質的には現に公判係属中の刑事被告事件の証拠開示請求にある場合に、その閲覧は、右刑事被告事件に対して不当な影響を及ぼすおそれがあるといえるか否か。

(2) 本件略式命令事件記録の閲覧謄写は、本件公判事件の公判に不当な影響を及ぼす具体的危険性を有していたか否か。

2  担当検察官が、右1(一)ないし(三)の各争点につき肯定の立場から本件不許可処分を行ったことが、国家賠償法一条一項の「故意又は過失」に基づく行為であったといえるか否か。

三  原告の主張

1  争点1(一)について

刑事確定訴訟記録法四条一項本文、刑事訴訟法五三条一項本文に定められた刑事確定訴訟記録の閲覧請求権(以下「閲覧請求権」という。)は、次の〈1〉ないし〈3〉の性質を持つ権利であるから、その制限は、記録の閲覧が物理的に不可能な場合か、記録の閲覧により他者の人権に対する差し迫った危険がある場合で、かつその危険を回避するために閲覧を拒否することが必要最小限の方法である場合に、その範囲に限って許されるものと解すべきである。

右の観点からすれば、右各条項ただし書の解釈は極めて限定的に解されるべきところ、「刑事確定訴訟記録にかかる事件と関連する他の事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合」とはいかなる場合を指すのか、基準としても全く不明確であり、これが「検察庁の事務に支障のあるとき」に含まれると解することはできない。

〈1〉 閲覧請求権は、国民に対して、裁判の審理手続経過を正確に記録した訴訟記録を事後的に閲覧する機会を与えることにより、憲法八二条の裁判の公開の保障を実質的に担保する権利である。

〈2〉 閲覧請求権は、表現の自由の一環である国民の知る権利の一つであり、憲法二一条一項により保障される権利である。

〈3〉 現に係属する刑事事件の被告人ないし弁護人が、共犯その他事件関係者の刑事確定訴訟記録を閲覧申請する場合には、閲覧請求権は、刑事被告人の証人反対尋問権(憲法三七条二項)や適正手続の一環としての実質的当事者対等の保障(同法三一条)を実効あらしめるための証拠開示請求権たる意味をも併有するものである。

2  争点1(二)について

本件公判事件と本件略式命令事件(以下「本件両事件」という。)とは、共犯関係にはなく、公訴事実も異なり、捜査の時点も全く別で、証拠も共通するものが全くない。被告人同士が豊太郎の父と妻という姻族関係にある以外は、何らの共通性もない事件であるから、本件公判事件は、本件略式命令事件と「関連する他の事件」には該当しない。

3  争点1(三)(1)について

現に係属する刑事事件の被告人ないし弁護人が、証拠開示請求権の一つとして共犯その他事件関係者の刑事確定訴訟記録を閲覧申請する場合には、閲覧につき正当な理由があると認められるから、一般国民の場合より更に手厚く閲覧請求権が保障されるべきであり、それをもって係属中の刑事事件に対する不当な影響を及ぼすおそれがあるとは到底いえない。

4  争点1(三)(2)について

前記平成四年四月三日の第一回閲覧等申請の際には、本件略式命令事件記録の閲覧謄写が許可されていること、被告自身も、本件両事件の内容はまったく別個であり、本件略式命令事件の状況が本件公判事件の任意性に影響を与えると理解するには相当の無理があると主張していることに鑑みれば、本件略式命令事件記録の閲覧謄写には本件公判事件の公判に「不当な影響を及ぼすおそれ」は存在しない。

5  争点2について

仮に争点1(一)の解釈を肯定する立場に立ったとしても、右2、3に記載のとおり、本件公判事件は本件略式命令事件と「関連する他の事件」ではなく、本件略式命令事件記録の閲覧謄写が本件公判事件に「不当な影響を及ぼすおそれ」も存在しなかったのであるから、担当検察官は、何ら拒否の理由なくして本件閲覧等申請を不許可とし、かつ右拒否の理由がなかったことについて認識していたものというべきであって、本件不許可処分は故意による違法な行為である。

四  被告の主張

1  争点1(一)について

「検察庁の事務に支障があるとき」には、「刑事確定訴訟記録にかかる事件と関連する他の事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合」が含まれる。

2  争点1(二)について

本件両事件は、次のとおり相互に関連性を有している。

(一) 本件両事件は、いずれも本件選挙において豊太郎の当選を得さしめる目的をもって行われた一連の選挙運動に関する公職選挙法違反事件であるところ、選挙運動は当該候補者を当選させるために有機的一体となって行われるものであるから、本件両事件の捜査は、相互に関連しつつ行われている。

現に豊太郎を支持する有権者及び関係した選挙運動者らが取り調べられているところ、これらの供述調書やりつ子の供述調書は、本件公判事件においても証拠となり得るものであるから、本件両事件には証拠上の共通性もある。

(二) 本件閲覧等申請当時、原告は、本件公判事件の弁護人として、同事件における被告人(正一)の供述調書の任意性を争い、右任意性を争う理由の一つとして、当該供述調書が、本件略式命令事件にかかるりつ子の公職選挙法違反行為につき有利な取り計らいをする旨の利益誘導が行われた結果作成されたものであると主張していたから、本件公判事件において、以後本件略式命令事件の捜査内容全般や、りつ子に対する処罰の適切性等を争点としようとしていたものであった。

3  争点1(三)(1)について

原告は、本件公判事件の弁護人として、本件略式命令事件記録を、明らかに本件公判事件における被告人(正一)の供述調書の任意性を争う証拠として利用するために本件閲覧等申請を行ったものであるところ、当時、本件公判事件の立会検察官は、右事件の公判において本件略式命令事件記録を証拠として請求する意思はなく、本件公判事件の係属裁判所も右記録の証拠開示に言及していない状況にあったから、原告の本件閲覧等申請は、第一次的には訴訟当事者の判断によって、第二次的には裁判所の適切な訴訟指揮権の行使によって、その是非が決せられるべき刑事訴訟法上の証拠開示の趣旨を実質的に潜脱するものである。

よって、本件略式命令事件記録の閲覧謄写には、本件公判事件の公判に不当な影響を及ぼすべき危険が存在した。

4  争点1(三)(2)について

本件閲覧等申請当時は、本件公判事件の公判において、右3記載のとおり本件略式命令事件の捜査内容全般や、りつ子に対する処罰の適切性等が争点となる可能性が存在した一方、弁護人側からは、本件略式命令事件に関与したとされる豊太郎その他複数人についての証人申請がなされ、その採否が未定の状況にあったから、本件略式命令事件記録の閲覧、謄写を許せば、当該記録を利用して、これらの証人に対し証拠湮滅工作を図る等の具体的危険が存在した。

また本件閲覧等申請当時、本件公判事件の公判は長期化し、遅延する様相を呈していたところ、本件略式命令事件と本件公判事件の公訴事実が全く別個のものであることに鑑みれば、そもそも本件略式命令事件記録の状況如何が本件公判事件における被告人(正一)の供述調書の任意性に影響を与えると理解するには相当な無理があるものであったから、本件略式命令事件記録の閲覧、謄写を許せば、本件公判事件の公判を不当に遅延させる具体的危険が存在した。

5  争点2について

刑事確定訴訟記録法四条一項ただし書、刑事訴訟法五三条一項ただし書にいう「検察庁の事務に支障があるとき」に、「刑事確定訴訟記録にかかる事件と関連する他の事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合」が含まれる、とする見解は、多数の判決例もこれを認めるところであり、もはや通説と言いうるものであるから、検察官が右見解の下に本件不許可処分をしたことに何ら故意過失はない。

第三判断

一  争点1(一)(刑事確定訴訟記録法四条一項ただし書、刑事訴訟法五三条一項ただし書にいう「検察庁の事務に支障があるとき」の解釈)について

1  刑事確定訴訟記録法は、刑事訴訟法五三条を受けて、訴訟終結後の刑事訴訟記録(以下「確定記録等」という。)の保管、保存及び閲覧に関する基本的事項を定めた法律であり、その四条一項本文が、保管検察官に対し、請求者に対しては原則的に確定記録等を閲覧させるべきことを規定するとともに、同条一項ただし書において、刑事訴訟法五三条一項ただし書に該当する場合、すなわち訴訟記録の保存又は裁判所もしくは検察庁の事務に支障のあるときには、閲覧させる必要はない旨を定めている。

ところで、右にいう「検察庁の事務に支障があるとき」には、確定記録等を裁判の執行や証拠品の処分等検察庁の事務手続のために使用中である場合のほか、当該記録を請求者に閲覧させることによって、現に捜査ないし公判進行中の関連事件の捜査、公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれると解するのが相当である。

原告も主張するように、刑事確定訴訟記録法四条一項本文は憲法八二条の裁判の公開の原則を拡充する性質を持つ規定ではあるけれども、確定記録等の閲覧を許すことで、現に捜査ないし公判進行中の事件の捜査、公判に何らかの支障を生ぜしめるおそれがある場合には、右事件の適正な刑事司法手続の実現を図るため、右支障を生じるおそれがなくなるまでの間、一時的に確定記録等の公開を制限することを可としても、裁判公開の原則の第一義的目的である当該裁判の公正の確保という趣旨を損なうものではないし、むしろ裁判手続全体の適正さを追求する上からは、現に捜査ないし公判進行中の刑事事件に対する不当な影響を制限することこそ裁判公開原則の終極的目的に合致するものとも言いうるからである。

2  なお原告は、憲法二一条一項、三七条二項、三一条に照らし、右閲覧請求権の制限が不当であると主張するけれども、閲覧請求権が右各条項の趣旨に則り十分に尊重されなければならないからといって、現に捜査ないし公判進行中の刑事事件の適正な刑事司法手続が阻害されるおそれがある場合にまで、閲覧請求権の保障を絶対的に優先すべきであるとは言えないから、原告の右主張は採用の限りではない。

二  争点1(二)(本件公判事件が本件略式命令事件の関連事件といえるか否か)について

1  右一に説示したところによれば、現に捜査ないし公判進行中の刑事事件が、確定記録等にかかる事件と関連性を有しているか否かの判断は、専ら確定記録等の閲覧によって、右捜査ないし公判にどのような影響を及ぼす可能性があるか、という観点から実質的に決せられるべきであり、両事件の公訴事実、証拠上の共通性のほか、当該捜査ないし公判進行中の刑事事件の進行に伴って顕在化してきた争点と、確定記録等がそれに与える影響についても検討する必要がある。

2  前記争いのない事実と、〈証拠略〉を総合すれば、本件略式命令事件の公訴事実は、りつ子が、本件選挙に際し、夫である豊太郎に投票を得させる目的で、立候補届出前に、大垣市内の選挙人方二九戸を戸別訪問したという公職選挙法違反事件であるのに対し、本件公判事件の公訴事実は、正一が、本件選挙に際し、息子である豊太郎に投票を得させる目的で、立候補届出前に、大垣市内の選挙人である遠藤に対し、豊太郎への投票及び投票とりまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として金銭を供与したという公職選挙法違反であり、いずれも本件選挙に際して、豊太郎の親族が、豊太郎の当選を目的として行った公職選挙法違反に関するものではあるが、公訴事実自体は共犯等の関係にあるものではなく別個のものであること、本件閲覧等申請当時、本件両事件で提出又は申請されている供述調書の供述人、証人等のうち共通する者の供述内容等からする本件両事件の関連性の程度は判然としないこと、しかしながら、本件閲覧等申請にいたるまでの本件公判事件の公判経過を見れば、正一は当初公訴事実を全面的に認め、検察官申請証拠の大部分について証拠とすることに同意していたにもかかわらず、弁護人が原告に交替した後の第三回公判期日以降は、一転して公訴事実を否認し、正一の自白調書の任意性の欠如を主張して同調書を証拠とすることについての同意を撤回する旨主張し、その結果第五回公判期日から第一〇回公判期日にかけて、自白調書の任意性等に関する立証として、正一に対する被告人質問や村田に対する証人尋問等が実施され、その間被告人(正一)の供述調書の採否は未だ決定されていなかったこと、更に平成四年一〇月一五日の第一二回公判期日では、弁護人である原告の申請に基づき、正一に対して豊太郎やりつ子について有利な取り計らいをする旨の利益誘導がなされたことを立証趣旨として、本件公判事件の捜査指揮を担当した警察官の証人尋問(弁護側主尋問)が行われ、これに対する検察官の反対尋問が次回期日に予定されていたこと、併せて第一二回公判期日では杉原調書が証拠として採用されるとともに、原告は、「杉原調書中に豊太郎が本件選挙の戸別訪問に係わっていた趣旨の供述があるのに対比して、りつ子の戸別訪問先調書中に豊太郎に関する情報は入っていなかったとする村田の証言、ひいては豊太郎の戸別訪問に関する情報を取引材料に、正一の自供を引き出すという利益誘導をしたことは一切ない旨の村田の証言は偽証の疑いが濃い。」と主張したことがそれぞれ認められる。

以上によれば、本件両事件には、公訴事実の同一性がなく、また証拠上の共通性があるとまでは断定できないものの、いずれも同一の候補者の当選を得させるためにその親族が犯した選挙犯罪に関する事件であり、本件閲覧等申請当時、本件公判事件の公判においては、本件略式命令事件の捜査内容全般や、りつ子に対する処罰の適切性等が、被告人(正一)の供述調書の任意性の有無を判断する上での重要な争点となってきていたのであるから、本件略式命令事件記録の内容如何によっては、その程度はともかくとしても、本件公判事件の公判に影響を与えうるものであったのであり、本件公判事件は本件略式命令事件に関連する他の事件であると解して妨げないものと思われる。

三  争点1(三)(本件略式命令事件記録の閲覧謄写と本件公判事件の公判に対する「不当な影響を及ぼすおそれ」の有無)及び争点2(担当検察官の故意又は過失)について

1  被告は、確定記録等の閲覧の目的が、実質的には公判中の事件における証拠開示請求と同様である場合には、現に係属する刑事事件についての証拠開示請求の許否は、第一に当該事件の当事者の意思により、第二に裁判所の適切な訴訟指揮によって決せられるべき問題であるから、当該閲覧申請は安易に許されるべきではないのであり、従って、かかる刑事訴訟法上の証拠開示制度を実質的に潜脱するような閲覧申請には、公判中の事件の公判に不当な影響を及ぼすべき抽象的危険が存在するので、これを許さないことができると主張する。

一方で、これに対立する見解としては、確定記録等は一旦裁判所に提出されたものであって、原則として何人もその閲覧が可能な資料として保存されているという意味で公的性質を持ち、その開示の是非が第一次的に検察官の意思に委ねられている検察官の純然たる手持ち証拠とは自ずから異なるものであること、また刑事確定訴訟記録法において、検察官が確定記録等の保管者と定められるに至った経緯を見ても、専ら訴訟確定後の裁判の執行や、恩赦、証拠品の還付等の諸手続を行う上での便宜を尊重したためであると考えられ、検察官が捜査機関として、現に捜査ないし公判進行中の事件の証拠を保管するのと同様の立場でこれを保管することまで予定したものではないことから、公判中の事件における証拠開示請求と同様の目的の下に確定記録等の閲覧請求があった場合であっても、それをもって当然に刑事訴訟法上の証拠開示の趣旨を潜脱するもので、公判中の事件に何らかの不当な影響を与えるものと推認することは相当ではなく、原則公開と定められた確定記録等の閲覧を拒否するためには、それによって当該捜査ないし公判進行中の事件につき、証拠湮滅等の捜査・公判妨害行為等がなされる具体的危険の存在することが必要であると解する説も存在し、右見解にも相当な理由があると思われる。

2  しかしながら、およそ公務員が、その違法なことを知りつつ行った場合は格別、自身は適法であるとの認識に基づいて公権力を行使した場合には、終極的な裁判所の判断において当該行為が違法と断ぜられる場合であっても、当該公務員において、公権力の行使にあたり尽くすべき注意を欠いていたと認められる場合でない限り、結果的にその判断が裁判所の見解と異なるものであったことをもって、直ちに過失があるとすることは相当ではないと解せられる。

3  本件においては、右一に判示のとおり、刑事確定訴訟記録法四条一項ただし書、刑事訴訟法五三条一項ただし書にいう「検察庁の事務に支障があるとき」の解釈としては、現に捜査ないし公判進行中の関連事件の捜査、公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれると解するのが相当であるところ、いかなる場合に関連事件の捜査、公判に不当な影響を及ぼすかという判断基準については、学説はもちろん、裁判例においても異なる見解が対立しているところであって、被告が主張するように、確定記録等の閲覧謄写申請が、実質的には現に係属中の関連事件についての証拠開示を目的とする場合には、刑事訴訟法上の証拠開示の趣旨を尊重し、まず当該被告事件の証拠開示手続において、当事者もしくは裁判所の判断に従い開示の是非を決すべきであり、右手続によらない未開示の証拠がある場合に、確定記録等の開示を拒否することは保管検察官の合理的な裁量の範囲であるとする有力な見解が存することは当裁判所に顕著な事実である(現に、本件不許可処分に対する準抗告審は、かかる見解の下に準抗告を棄却している。)。

そして〈証拠略〉によれば、担当検察官は、右有力説を正当と解し、これに立脚して本件不許可処分を行ったことが明らかであるところ、このように学説、判例実務上も見解が対立している事項について、有力説の一に従った法令解釈の下に行った行為については、仮に当該行為が違法と評価されたとしても、それが違法であることを知りつつ行った場合にあたらないことはもちろん、当然に尽くすべき注意義務を尽くさなかったということもできない。

なお、担当検察官は、原告の第一回閲覧等申請の際には、本件略式命令事件記録全部の閲覧謄写を許した一方で、その際の未謄写部分の閲覧謄写を求めた原告の本件閲覧等申請に対してはこれを許していないのであるが、第一回閲覧等申請後に本件両事件の関連性が明らかにされてきた状況の下においては、担当検察官の本件不許可処分も、右のような裁量権の範囲内にあると解する余地があると考えられるから、この点は担当検察官の故意過失に関する右判断を左右しない。

従って、担当検察官が本件不許可処分を行ったことが違法であったとしても、その点について担当検察官に故意ないし過失があったとは認めることができない。

四  以上によれば、その他の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。

(裁判官 永吉盛雄 佐藤陽一 荻原弘子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例